2006年4月14日

ウォンウィンツァン

       
ウォンウィンツァンさんって知ってます・・・??
 
       
ピアニストの方なんですけど、NHKスペシャル「家族の肖像」の主題歌に、
ウォンさんの曲が用いられて以来、テレビでも結構耳にするようになりました。
       
一昨年発売されながら、持っていなかった「たましいのトポス」なる
ソロピアノコンサートライブの2枚組みCDを購入し、 久々にウォンさんの音楽を聴きました。
       
かなり前(もう7〜8年位前かな?)になりますが、
友人がウォンさんの奥様と知り合いで、
コンサートのチケットを頂き、見に行く事になったのが、
最初にウォンさんの音楽に触れたきっかけでした。
       
そのコンサートで壇上に現れたウォンさんは、 ピアノの椅子に座ると、暫く、演奏を始めず、 暗い照明の中で座っていました。
4〜5分ほどした頃、おもむろにピアノを弾き始めたのが、 とても印象的でした。
       
資料を見たところ、この方、長い音楽キャリアの中でかなりに詰まった時期に、
瞑想と出会い、それ以来瞑想にインスパイヤされた演奏をするようになったとの事です。

で、演奏開始前に軽く瞑想をしちゃうって言う事だったのです。

       
確かその頃は、その瞑想が何であるのかを具体的には明らかにしていなかった様に思いますが、
数年後、マハリシ・マヘーシュ・ヨーギの主宰するTMである事を明言するようになられました。

マハリシのTMといえば、'60年代後半欧米の芸能関係者に広まった事で有名ですが、 特にビートルズ(更に言えばジョージとジョン)のハマリ具合が強烈だった様です。

色々なゴシップも手伝い、最終的にはマハリシの下を離れたビートルズでしたが、
1968年の8ヶ月間をインドのリシケシにあったマハリシのアシュラムで過ごし、
ホワイトアルバム以降に含まれるほとんどの曲にあたる48曲をここで書き上げたといわれています。

20060414.jpg
この写真からジョンとリンゴははみ出してしまいましたが、どっぷりハマッたジョンとホームシックのリンゴは対照的だったそうです。
       
ちなみに、私が最初に好きになった洋楽は「レットイットビー」でした。 
1970年、私が6歳の時に発売された、ビートルズ最後のアルバムのタイトル曲、
初めて聴いた時の衝撃は未だに忘れられません。 

それ以来ズルズル洋楽にハマリ、小学校でミュージックライフとか読んでたのハッキリ言って私だけでした。
他にもっと覚えなくてはならない事が多い年頃なのに、「9×9」や都道府県を覚える代わりに キングクリムゾンやイエスの各期のメンバーや、ロックの系統樹などを覚えていたお陰で、当時の成績は酷いものでした。


でも、大学になると、この時の訓練のお陰で、外国の学者さんの名前や 学派や研究の流れと歴史がすらすら頭に入って試験に役に立ちました。

       
一体何の話だったのか・・・
そうそう、ウォンさんでした。
       
       
本当に素敵な音楽です。
私は「フレグランス」というアルバムに入っている「インディアンサマー」って曲を、

勝手にうちの5ヶ月になる娘のテーマ曲にしてしまいました。(「たましいのトポス」でも演奏されてました)
生まれた日が11月なのにポカポカの小春日和(インディアンサマー)だったので。。。

で、娘を抱いてこれを聴いたら、何か感動しちゃって、泣いちゃいました。。。

そういえば、3ヶ月健診のBCGの接種の時も、娘につられて保健所で泣いちゃいました。


女房と保健所の人に大笑いされました。。。

JGD

       
       
       
       
       

投稿者 waxman : 2006年4月14日 16:50

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